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2024年の営業について

槍ヶ岳山荘グループの山小屋を利用される方は必ずご一読ください。

道標物語 〜水俣乗越〜

11月3日に各小屋の営業が終了し、5日に小屋閉めを行い、スタッフも下山しました。
事前に積雪があったので天候を心配しておりましたが、晴天のもと無事に下山をすることができました。
今シーズンお越し頂いた方、ご支援いただいた方に感謝申し上げます。

さて、去年あたりから私はTwitterの更新に精を出しており、ブログの更新をあまりしてきませんでしたが、ひと段落しましたので久々に投稿します。
今日は道標にまつわるお話です。

登山者にとって欠かせない道標

槍穂高連峰や常念山脈を含む北アルプス南部エリア(県境を含む長野県側)には、約130本もの道標があり、新設希望も含めると150本程になります。
その多くが老朽化し、付け替えを行う必要がありますが、その為には莫大な費用も手間も掛かります。
また、現在の道標は自治体、遭対協(警察・民間・山小屋の救助組織)、山小屋、森林組合等が設置したものがメインですが、一元的な管理が為されておりません。

強風に煽られ倒れてしまっている道標も

何せ年間5本ずつ設置し直したとしても30年掛かるわけですから、これは本格的に取り組む必要があるだろうという話になり、昨年から行政や山小屋が連携して道標の見直しを行うプロジェクトが立ち上げられ、私もそこに参画しております。
幸い、道標の制作費については長野県の補助金を活用できることとなり、設置に係る費用については北アルプストレイルプログラムの予算も回しています。

岳沢登山口に設置した案内看板

今年はスケジュール的な問題もあり、主要登山口の道標と案内看板、それと急ぎで付け替え若しくは新設が必要な箇所として、計10箇所において設置を行うことができました。
そのうちの1つが、槍ヶ岳山荘としての担当路線にある水俣乗越の道標です。

付け替え前の水俣乗越の道標

元々の水俣乗越の道標は、腕木が折れて最早どこに何があるのか読み取ることが難しい状況になっておりました。
実際、この道標により誤った方向に進んでしまった登山者もいらっしゃいました。
稜線にある為、冬の強風に耐えきれなく折れてしまったのです。

ヘリコプターで輸送された新しい道標

新しい道標は、夏にMSKに東鎌尾根の登山道整備を実施していただいた際に、その資材と合わせてヘリコプターで現場付近に輸送してもらい、許認可が下りた10月下旬に作業を実施してきました。

背負子に括り付けてなんとか運びます

現場から歩いて10分ほどの位置に下ろしてもらいましたが、本体だけで50kg、金具や部品も合わせて30kg以上あり、現場に運ぶだけでひと苦労です。
4人で作業にあたりましたが、雪の残る稜線ですから、運ぶだけでまず1時間ほど掛かりました。

北側の斜面には雪も残っており、安全に気を遣いながら運ぶ必要があります。

既設のものを引っこ抜いた後、穴を拡張し、金具を付けて新しい道標を立て、大きな石と小さな石で埋めて、土を盛って、表示盤を付ける。
幸い穏やかな天候でそれほど寒くはありませんでしたが、山の上でこれだけの作業を行うのは大変です。

作業すること3時間。ようやく新しい水俣乗越の道標が建ちました。
試験的に六角形の道標を作成しましたが、風の影響を受けにくい腕木の無い単柱タイプの道標です。

ついに完成!

ところで皆さん、水俣乗越をなんと読みますか?
主に2通りの読み方があるのです。
それは『みなまたのっこし』と『みずまたのっこし』です。
もしかしたら『みなまた』と読む人の方が多いかもしれませんが、この新しい道標の英語表記は『Mizumata』となっています。

遡ること約1年半前、どのような話の流れだったか覚えておりませんが、山岳写真家の渡辺幸雄氏と話をしていた際、水俣乗越の道標を付け替えることを話しました。
すると後日、『みなまた』ではなく正しくは『みずまた』ではないか、一度よく調べた方がいいというアドバイスを頂きました。
漢字表記だけであれば必要ないのですが、英語表記もある為、どちらかハッキリさせる必要があります。
そこで、様々な文献を調べ、出版社や地図会社にも問い合わせ、地元の有識者の方にもお話を伺いました。
すると以下のことが分かってきました。

・古くは『みずまた』と呼ばれていたこと。
・現代では『みなまた』が主流になっていると考えていたが、特に地元では『みずまた』と呼ぶ方が一定数いらっしゃること。
・乗越の裏にある水俣川は『みずまたがわ』と呼ぶ人が多そうだということ。
・英語表記の地図は公になっているものが少なく、参考となるものが少ないこと。
・出版社や地図会社も明確な答えはないこと。

これはあくまで個人的な推察ですが、従来は『みずまた』と呼ばれていたが、熊本県の水俣市がかつての公害で知名度が飛躍的に広がり、後に水俣乗越も『みなまた』に流されてきたのではないかと考えています。
地元の有識者の方には、現在の道標が間違っている。正しくは『みずまた』である。とご指摘を頂きました。

左が新しい道標『Mizumata』
右が古い道標『Minamata』

1971年に山と渓谷社より初版が発行された世界山岳百科事典では、当時の山岳関係者が実名入りで山岳用語の解説を行っています。
その中で、槍ヶ岳山荘2代目オーナーである穂苅貞雄が水俣乗越の解説文を執筆しており、『みずまたのっこし』とルビを振っておりました。
孫である私がそれを変える訳にはいきません。
槍ヶ岳山荘グループとしては『みずまたのっこし』を公式見解とします。

山と渓谷社の世界山岳百科事典

もちろん、地名とは時間の経過と共に変化するものであることは理解しております。
また、いち個人の判断で決められることではありません。
どちらが正しいとは言い切れませんが、今回の道標の表記に関しては、地元自治体、環境省、林野庁といった行政も含めて協議し、近隣の山小屋等とも合意を得た上で『Mizumata』という表記を入れることにしました。

地図と道標の表記に差異があることが最も避けるべきことですが、漢字表記は統一されています。英語の地図は地元自治体が発行しているものが多いので、これを機に『Mizumata』で統一することとなりました。
今後、出版社や地図会社にも働きかけを行う予定です。
槍沢に設置されている別の道標には『Minamata』という表記が残っていますので、この道標も出来るだけ早く『Mizumata』に変更するつもりでおります。

作業実施後、小屋に戻る途中でパシャリ

槍沢ルートでは何度も槍に登ったことがあるという方、今度は槍沢から水俣乗越(みずまたのっこし)に上がり、東鎌尾根経由で槍に登ってみてはいかがでしょう。
東鎌の槍は、槍沢から見るより鋭く尖って、違った雰囲気を味わえますよ。
そしてその際は、今回設置した道標を少しでも気に掛けて頂けると嬉しいです。


※道標の設置は北アルプス登山道等維持連絡協議会の事業として行っており、協議会の一部メンバーが推進役としてプロジェクトを立ち上げております。実際の設置にあたっては各担当路線の山小屋スタッフ、自治体若しくは委託業者が許認可を得た上で作業を行いました。また、道標のデザインは環境省の定める統一デザイン基準に則り設置しております。

今回作業を行った槍ヶ岳山荘のメンバー