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クマとの適切な関係を保つために

最近各地でクマのことが話題になっていますが、槍ヶ岳にもクマ(ツキノワグマ)はいます。昔からいますし、今もいます。驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは当たり前のことで、むしろ北アルプスでクマのいない山域はあるのでしょうか。

夏のクマは、キイチゴやハイマツの実、高山植物を採食する目的で高山帯に上がってきますが、これは北アルプスの自然が豊かである証左であり、私たち人間も同様にその豊かな自然を享受し、登山を楽しんでいます。私たちはクマの棲むエリアに入域していることを自覚し、その上でどのように行動するかを考えることが大事だと思います。

先日、上高地でクマ対策を担当されている自然公園財団上高地支部の香取草平さんがいらっしゃいました。短期間の調査でしたが、槍沢での調査で複数のクマを確認したそうです。いずれの個体もようやく双眼鏡で観察できるほど登山道から距離を保ちながら行動し、常に人を警戒し、特異な行動は見られず、本来の生態をとどめた状態と思われるとのことでした。

※ルートセンサスと呼ばれる調査を行った結果であり、一般の方が槍ヶ岳に登ってクマと遭遇する確率は極めて低いです。

現在の状態が続けば問題ないのですが、このクマとの適切な距離を維持するために大事なことは、クマに人間の食べ物の味を覚えさせないことです。多くの登山者がご存知のことだと思いますが、あらためてご自身の行動を思い返していただきたく、このブログを書かせていただきました。

香取さんから聞いた話によると、山岳域でクマとトラブルになるとすれば、その原因は主に2つに集約される、とのことです。

1つめは、人の食べ物をめぐるトラブル。

北アルプスのような奥山に棲むクマにとって、人間の食べ物は、本来、自然界に存在しない特異なものです。通常、自然状態のツキノワグマは、その匂いは気になっても、人が怖くて近づけません。しかし、何かのきっかけでそれを食べてしまったが最後、まるで人間が「覚せい剤」を覚えたかのようにガラッと行動が変容し、ひどく食料やゴミに執着するようになります。

本来、北アルプスのクマ(オス)は、夏の間に100㎢もの行動圏内を移動することがあるそうですが、それはメスを探したり、季節に応じた自然の食べ物を探しながら活動しているからです。しかし、人間の食べ物の味を知ってしまった個体は、その場からあまり動かず、常にゴミ等を探し求めるようになるそうです。

昨年、岳沢小屋のテント場でデポしてあった食料を食べてしまったクマも、設置したカメラに連日のように撮影されるようになりました。本来、同じ場所で同じクマが連日撮影されるようなことはあまりありません。執着のために、その行動は極めて単調になるとのことです。

こうした「餌付き個体」を生み出さないために皆さんに注意していただきたいことは、可能な限り食料をデポしないことです。荷物をデポすることは構いませんが、その中に食料を入れておかないようお願いします。これは従来、北アルプスでは登山者がそれほど意識してこなかったことではないでしょうか。私たち山小屋も同様です。

昨年の岳沢小屋でも、荷物をデポして前穂・奥穂を登りに行かれた方のテントに、恐らくたまたま興味を持った若いクマが近づいていき、中にあったフリーズドライの食料を食べてしまったということがありました。

山小屋もそこまでの注意喚起をしてきませんでしたし、偶発的な事案のようにも思えますが、一度でも人間の食料を口にしてしまったクマは元には戻れません。アメリカの国立公園でも「A fed animal is A dead animal(餌付けされた動物は死んだも同然)」と注意を促しています。そうならないよう、岳沢だけでなく、例えばババ平にテントを張って槍ヶ岳をピストンする時も、テント内に食料を残さないでください。

昨年、岳沢で確認されたクマ
※既に捕獲済みです

テントの中だけでなく、登山道上に荷物を置いて別の場所に行く際も注意が必要です。天狗原の分岐に荷物をデポして天狗池を見に行くとき、紀美子平に荷物を置いて前穂を登りに行くときは、荷物の中に食料を入れておかないでください。いずれの箇所も、過去にクマが確認された場所ですので、クマがその荷物をあさってしまうリスクがあります。

従来から言われていることですが、デポだけでなくテント場を利用しているときの食料の管理も徹底をお願いします。臭いが漏れないようドライバッグなどを活用して密閉し、外に出しておかないようご注意ください。ババ平や岳沢といった比較的標高が低いところだけでなく、槍や南岳、殺生のテント場でもお願いします。

夏山シーズンの人が多いときであればまだリスクは低いかもしれませんが、天気の悪い時や9月以降の平日等、山に人が少ない時は特に注意が必要です。クマは人目を忍んで行動します。

8月中旬に登山者からクマの目撃情報を多く寄せられましたが、8月10~12日の大雨で山にいる人が減り、クマの動きが活発化したのではないかと予想しています。その後は特に一般の方からの目撃情報はありません。

また、スーパーのビニール袋をゴミ袋にしてザックの外に付けている方も注意が必要です。もちろん、ゴミを落としていくつもりはないのでしょうが、引っかかって袋が破れ、ゴミを落としていかれる方も見受けられます。

私たち小屋番は、登り下りの際に多くのゴミを拾いますが、そのほとんどがわざと置いていったものではなく、風に飛ばされてしまったものや、本人は気が付かず落としてしまったものです。それを責めることはできませんが、落としてしまった時の野生動物へ与える影響について、ぜひご配慮ください。

2つめは、ばったり遭遇によるトラブル。

ツキノワグマは植物偏食の雑食動物であり、通常、人間を食べようと襲ってくることはありません。しかし、クマは茂みを巧みに利用して隠れながら移動することが多く、お互いの存在に気が付かず至近距離でばったり遭遇してしまうと、クマは自分の身や子どもを守るため突発的に相手へ危害を加えてしまうことがあります。それは、あらゆる動物に共通する反射的な反応です。

これを防ぐために、上高地では園路の傍を刈り払いしていますが、山ではすべての登山道でそれを実施することはできませんので、登山の際にはクマ鈴の利用が推奨されています。

香取さんによれば、クマ鈴の音自体はクマが嫌がるわけではありませんし、魔除けでもありません。香取さんもクマ鈴をつけていても、遠くにクマを見ることがあるそうです。先ほどのような餌付き個体であれば人の場所を知らせてしまうこともあるかもしれません。しかし、今回槍沢で確認されたような本来の生態にとどまるクマであれば、私達の存在を事前に知らせることで、少なくとも至近距離での遭遇は避けられます。クマ鈴は、「クマ避け鈴」ではなく、「クマばったり遭遇防止鈴」です。

大事なことは、クマ鈴を鳴らすタイミングを見極めることです。クマの視点を想像し、ハイマツやササ、岩などで特に先の見通しが悪い場所などで鳴らすことがもっとも有効です。(クマ鈴がない場合は、手をたたいたりして音を出しましょう。)でも、山小屋の中にはクマはいませんので、小屋に着いたら音が鳴らないよう外してくださいね。

クマやその対策についてもっと知りたいという方は、上高地ビジターセンターで毎日クマ対策無料講習(30分)が行われていますので、参加してみてください

※以上の文章は、自然公園財団上高地支部 野生動物対策班 香取草平氏の協力のもと作成しております。



ツキノワグマ対策や対策に関する質問・お問合せは以下にお願いいたします。

上高地インフォメーションセンター(担当;自然公園財団上高地支部 野生動物対策班)
TEL 0263-95-2433

環境省作成のリーフレット