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シルバーウィークと山小屋の予約制

やはり今日も雨、そして明日も雨
ちょっとヒマにまかせて昔の話しでも…


皆さんはシルバーウィークという言葉ができたのはいつのことだか覚えていますか?
元々9月の祝日は15日(敬老の日)と秋分の日(23日頃)と少し離れて配置されていました
ところが2003年、ハッピーマンデー政策により敬老の日が第3月曜に変わりました
そして2009年の9月は敬老の日と秋分の日が近接して、初めて秋に5連休が発生したのです
その頃は山小屋も予約という言葉があまりなく、来れば来ただけ泊めるというスタイルでした
その年の9月槍ヶ岳山荘では連休初日に800人超、二日目には700人超、二日間で1600人も泊まったことになりました(その時、南岳小屋は100人/日くらいの宿泊者でした)
その時の槍ヶ岳山荘では談話室や廊下はもとより、乾燥室にまで布団を敷いて宿泊者を泊める状態になりました、当然1畳サイズの布団に2人です、単独の登山者は知らないオジサンと一緒に寝なければなりません
また頂上への渋滞が山頂からずっと、小屋の玄関まで続き、
小屋の宿泊の受付も玄関からずっと山頂への登り口方面のヘリポート近くまで続き、二方向の渋滞の列ができていたそうです
いま、当時のことを知るのは現支配人の杉山と、現大天井ヒュッテ支配人の村田の2人くらいでしょうか
現槍沢ロッヂ支配人の穂苅賢三も当時は里で暮らしていましたが、急遽手伝いに招集されたそうです(笑)
冒頭の写真はそんな大混雑の噂を聞き、南岳の獅子鼻から槍ヶ岳を撮った写真です
頂上部分と基部(登り口)付近をトリミングしたのがこちら↓

穂先の渋滞が山荘前まで延びるライブカメラの画像も持っていたのですが、それは自宅の携帯電話の中で、いまのスマホには入っていませんでした、すみません

また、こちらは南岳小屋に100人泊まっている時の玄関の靴置き場の画像です(数えたら110組くらいありますね)

そのころから私は山小屋も一定数の定員を設け、予約をするべきだと思うようになりましたが、まだまだその当時は山小屋=予約という考え方には否定的な意見のほうが多かったかと思います
ホテルでも旅館でも宿泊するにあたって、予約するのは普通なこと
なぜ、山小屋だけが「予約無しで泊まるのが当たり前」なのかが疑問でなりませんでした

その当時、秋の涸沢では1畳に3人が当たり前、6畳の部屋に20人が定員で
多い時では涸沢ヒュッテで777人、涸沢小屋で500人泊まったことがあったとも聞きました
涸沢ヒュッテに手伝いに入った知り合いが「仕事は一つの布団に枕を3つ並べること、あとのことは知らん」とか言ってました(笑)
夕食は16時から始まって1回20分交代で、最終組は20時とか、トイレ待ちが1時間とか


そしてコロナ禍を経て、山小屋にも「予約制」という言葉が定着してきました
ちなみに当時(2009年)の槍ヶ岳山荘の宿泊料は9500円(2食)でした
今の宿泊料16000円、私自身も高いとは感じます
でもまあ、槍の800人、涸沢ヒュッテの700人の時に泊まるなら16000円でも、今の就寝スペース確保されてるほうがいいなあと思います
皆さんはどう思いますか?

ちなみに7月に海の日ができたのが1996年、ハッピーマンデーにより3連休となったのが2003年、その年の海の日には白馬山荘で1900人、燕山荘で900人泊まったなんてこともありました
それから数年間は山小屋関係者の間では海の日連休が恐れられていました、まだアルバイトも揃っておらず、閑散期からいきなりの超満員は対応しきれないというわけです
最近は「まだ海の日連休の頃は梅雨が明けていない」という認識が登山者の中にも定着し、それほど混雑することはないように思います

以上、ヒマにまかせた昔話しでした